身の丈生活 これからも

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もしあなたが鬱になったら? Log.03 「下された診断は?」

システムインテグレーター会社でSEとして働くNisyu。仕事のストレスから鬱になり、休業期間を経て職場復帰をした経験から「心身ともに健全」に生きることがどれほど難しく、そして素晴らしいことなのかを知りました。
ある日の朝、突然起き上がることが出来なくなり心療内科を受診することを決意しました。

01. 問診票への記載

 心療内科のドアを開けると、その日は月曜日の午後ということもあったのか、待合室にはNisyuの他に女性が一人いるだけでした。もっとも予約制なので待合室に人が少ないのは当たり前なのかもしれません。
 
 受付の女性に名前を告げると問診票を渡されたので、それまでの自分の状況を記載しました。
  1. いつも仕事のことが頭から離れなず、休日に家族と出かけても心が休まらない。
     
  2. 夜の寝つきが悪く、ベットに入っても数時間眠れず、心配事が頭の中をぐるぐる回り続けてしまう。
     
  3. ようやく眠りに入っても、夜中(2時)に目が覚めたり、早朝(4時ごろ)に目覚めることが週に2〜4日ある。
     
  4. 常に頭の中に霧がかかったような状態が続いている。
     
  5. 仕事での忘れることが多くなり、打ち合わせをしていても考えが纏まらずに、物事の整理ができない。自分から進んで意見を言えず、相槌か「はい、そうですね」程度しか言えない。
     
  6. 偏頭痛が続いており、左のこめかみから左目の辺りがズキズキと痛み、目を開いているのが辛くなりよく左目を閉じている。
     
  7. 食事量が増えておりその関係で、常に胸焼けが続いている。
 

02. 本当に病気なのかな?という葛藤

 内科の扉を開ける数時間前のこと。Nisyuは「自分の状態が果たして普通なのか、それとも異常なのか誰かに確認したくてしょうがない」状態になっていました。
 当時を振り返ってNisyu自身もびっくりしているのですが、この時に「Yahoo知恵袋」と「教えて!Goo」に質問を登録することにしたのです。
 
 誰でもいい、誰かに教えてもらいたい、ただその一心でした。
 
 この手のサービス見ることはあっても、登録することはなかったので登録するのには勇気が必要でしたが、個人を特定されないように気をつけながら思い切って自分の症状を投稿してみたのです。
 
 しばらく待っていると月曜の朝にも関わらずに、回答がポツポツと集まって来ました。
 ドキドキしながら中身を見ると、どの回答にも「その状態はおかしい」「無理な仕事をさせている会社に問題がある」というようなコメントがありました。
 人は自分の知りたい、見たい意見のみ集める。ということは分かっていましたが、その時のNisyuにとってはこれ以上無い勇気をもらえるものでした。
 
 心療内科を予約するという一歩を踏み出せたのも、この時のコメントがあったからであるのは事実です。どれだけ一人で悩んでも考えても踏み出せなかったことが、第3者の一言で一歩を踏み出せることがあるのだと分かった瞬間でした。
 「自分一人で出せる答えには限界がある」自分一人で悩むのも程々にしなければならないと思います。
 

03. 初めての診察と告げられた症状

 やがて自分の診察の順番が来ましたので診察室に入ります。
 この病院の先生はネットの評判で「声が聞き取りずらい」という書き込みがあったのですが、いざ話をしてみると本当に聞き取り難くく、書き込みの意味が良く分かりました。
 
 質問を何度か聞き直しながらも、今までの状況や家族構成を伝えた後、アンケートのようなチェックシートを渡されました。そのシートには様々な質問が記載されていて、自分の感じていることや心の状態に近い番号を選んで丸をつけると言うタイプのものでした。
 
 チェックが終わると先生が点数を付けて病状を判定しました。その時の点数忘れてしまいましたが、「通常」「初期」「中程度」「重度」の4段階の中で中程度の重い方(確か18点)という診断結果でした。
 初期状態であれば、生活習慣や気持ちの切り替えで改善していけるのですが、中程度以上となると薬による治療になるとのことでした。
 結局この日は以下の3つの薬を処方してもらい初めての心療内科受診は終わりました。
 
 調剤薬局で薬を処方してもらい帰路についた時、Nisyuの心は不思議な感覚で満たされていました。
 
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何かが変わってしまったようなショックと、やっぱり思い過ごしではなかったんだという安心感のようなもの。これらが複雑に混じり合い、Nisyuの心を満たしていました。
それと同時に「あぁ、これで仕事を休める」という思いと、サラリーマン人生を踏み外したような絶望感も合わさっていました。